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明治大学教授

江下 雅之

テヨダワ言葉


いまどき「わたくし、……てよ」という言葉遣いをする人は、おそらくほとんどいないだろう。昭和の時代であれば、マンガに登場するご令嬢独特の言い回しとしてしばしば使われていた。
たとえば美内すずえの『ガラスの仮面』の姫川亜弓、山本鈴美香の『エースをねらえ!』の竜崎麗香(お蝶夫人)など少女マンガの代表的なご令嬢が典型だろう。少年マンガでも『あしたのジョー』の白木葉子は「……てよ」という言葉遣いを頻繁に用いていた。創作の世界では、ご令嬢の個性の一つとなっていたといっていい。
じつはこの表現は、明治期から戦前昭和にかけての高等女学校の生徒たちが手紙などで用いていた。
「……だわ」という言い回しも同様で、一般に「テヨダワ言葉」とくくられる女学生言葉である。当時の女学生は経済的に豊かな階層に属していたので、ご令嬢固有の表現といっても間違いではない。

特定の社会集団のなかでつくられ、そして用いられる言葉を集団語というが、テヨダワ言葉もその一種である。
古くは落語家の符丁などの隠語や、いわゆるギョーカイ用語もそうだし、1990年代後半にメディアでも盛んに取りあげられた「超MM」などのコギャル語も集団語の一種といっていいだろう。近年のケースでは、2ちゃんねる掲示板のネットスラングも集団語といってもいい特質を持っている。
逆にいえば、若い人たちの一部で使われる独特の言葉遣いは、けっして現代に特徴的な現象ではなく、百年前のご令嬢にもみられたことなのだ。

集団語は、緊密なコミュニケーションのもとで形成される。現代の女子高生や女子大生がLINEやインスタグラムで頻繁に交流しているように、かつての女学生も手紙や交換日記でマメに交流していた。さらに、女学生が主たる読者だった月刊誌『少女の友』(実業之日本社)の読者投稿欄「友ちやんクラブ」でも、編集者と投稿者、さらには投稿者間で「対話」が繰り広げられていた。
読者のための交流会が全国各地で開かれていたので、いわばオフ会まであったのである。ネットがなくても若者たちは使える手段を駆使して交流を図っていたのだ。

一般的に、新しいコミュニケーション技術が登場すると、新しいコミュニケーション様式が誕生すると考えられがちだ。しかし、テヨダワ言葉を使っていた女学生たちは、SNSが存在しなかった時代にも、今日のSNSで特徴的と思われることを実践していた。
もちろん、新技術が世の中の現象の何も変えないとまで主張するつもりはないし、技術環境が行動の制約となる重要な要素であることは間違いない。とはいえ、メディア技術とコミュニケーション様式との関係は、一方が他方を完全に規定するものではないという点は留意しておくべきだろう。あるメディアに固有と思われる現象であっても、それ以前に先行的な事例があるはずであり、SNSに関しては、女学生の交流もそうした事例の一つといえるのだ。

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