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肱川の様子(10月4日撮影)

連載「西日本豪雨通信インフラ復旧」⑩

2018年10月22日(月) 3347号

松山市から車で1時間ほどのところに位置する大洲市の被災現場。10月4日時点では、復旧もかなり進み、被災当初の生々しさは影を潜めていた。
通信インフラについても、仮復旧は完了しており、本復旧として、通常工事の一環として修復を進めている状況だ。
「復旧工事を担当したエンジニアは、迅速なサービス復旧を目指して、休みなく働いた。作業では、とにかく安全に配慮した。実際、愛媛の復旧工事では、事故やケガは皆無だった」と横井氏は話す。
エンジニアの中には、自宅が水没し、避難所生活を余儀なくされた者もいたが、復旧工事を優先し、事務所に寝泊まりしながら作業に当たったという。
大洲市や宇和島市などがある南予エリアでは、発災から1週間ほどは周辺のスーパーやコンビニが軒並み営業をストップした。NTT西日本の大洲ビルの隣にあるコンビニも閉店し、食料調達には苦労した。一時は、朝から晩までカップラーメンでしのいだこともあったそうだ。
「そのため本社から食料を提供した。車にパンやペットボトルを山ほど積んで配って回った」(横井氏)。
また、通常あまり使うことのない工事用物品も必要となり、その調達にも苦労したという。
「東日本エリアから陸送で運び、日曜日の夜中に受け取り、月曜日の朝に使うということもあった。一刻も早く入手する必要がある物品の中には担当者が手に持ったまま飛行機に乗り、空輸で運んだものもあった」と横井氏は当時の模様を語る。
さらに現場では交通渋滞にも難儀した。
どの道が通れる、あるいは通れないのか、各作業班がチェックし、その情報を皆で共有しながら現場に向かった。
  
大洲市の森山エリアもサービス復旧しており、現在は水没した森山ビルも健全に機能。ビル内ではエンジニアが通常工事の作業を行っていた。
取材をした日は、曇り空ではあったが、穏やかな天気で、牧歌的な風景があたりに広がっていた。発災時は近くを流れる肱川が増水し、森山ビルをはじめ、付近の建物を一気に飲み込んだというが、やにわに信じがたかった。
住民の話では、じわじわ水かさが上がるのではなく、一気に溢れ出したので、強い恐怖に襲われたそうだ。
その要因としては、激しい豪雨に加えて、肱川の下流にある鹿野川ダムの緊急放流が挙げられている。洪水対応として適切だったのか、いまも賛否がわかれるところだ。
それにしても、崩落した大成橋は、水害の脅威を物語るに足る惨状である。
水かさが増して、橋が崩落したらしいが、どういうふうに橋が崩落していったのか、想像できなお。
大成橋は、この1―2年の間に修復される見込みだ。
「この橋のルートが切れたため、緊急措置として仮の迂回ルートで、対岸のお客様にサービスを提供している。この橋が修復されれば、仮ルートから従来の本ルートへ戻す工事が行われるのではないか」と横井氏は話す。

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